東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1962号 判決
原告武井が本件建物の所有権を取得した後、同原告、訴外石川保義(原告石川多津の夫)と被告との間で、石川保義が請負い施工している本件建物の増改築工事が完成すれば、原告両名においてこれを任意他に売却し、この売得金中から、右工事に要した費用を先づ石川保義に優先的に弁済し、ついで原告武井に対する被告の本件貸金債務その他他の債権者に対する債務を弁済し、被告の原告武井に対する本件貸金債務を含め他の債権者に対する債務をもすべて清算し、余剰があれば被告が他にアパートを借りるための権利金や引越費用等を前記売得金から支出し、なお余剰のあるときはこれを被告に交付することとし、仮に右の売得金で本件貸金債務の支払に不足することがあっても、原告武井は被告に右不足分の支払を請求しないこととして本件貸金債務を清算することとし、被告は前記工事の完成後は原告らの本件建物売却を容易にするためその居室を明渡して他に移転する旨合意されたこと、しかるに被告は、原告両名に対し右工事完成後の居室明渡を約束しながら、工事完成後も約旨に反して本件建物の居室の明渡をしないだけでなく、建物所有名義がなお被告になっていることを利用して原告ら不知の間に昭和二七年三月二九日訴外富山正一のため本件建物に賃借権設定の登記をなし、このため原告らは右工事が完成しても本件建物を他に売却することが困難な状態になり、ために右の売得金から被告に対する本件貸金債権の回収をすることもできない状態になったこと、以上の事実を認めることができる。
この事実によれば、被告は代物弁済の目的である本件建物の売却を容易ならしめ売得金からの本件貸金債務の清算を可能ならしめるため右建物からの退去を約しながら、前記工事完成後も約旨に反して退去しないだけでなく、訴外富山のため本件建物に賃借権設定の登記をして、建物の売却を困難ならしめる行為に出たのであるから、被告が右の超過分の支払を原告武井に対し請求することは、信義則に違反して許されないと解するのが相当である。
(久利 栗山 舘)